Signal .6

僕は

この痛みの正体を知っている


Signal .6


C
2人の部屋だった場所から、ユノヒョンの荷物が1つずつなくなって行った。
言うほどの量はないのに、確実に減っていくそれらは。
まるで2人一緒にここまで歩いて来た軌跡まで消し去ってしまいそうで。

怖かった───

そして今日、最後の荷物が運び出される。
1度事務所に戻るとマネージャーは出て行き、宿舎には2人きり。
何とも言えない微妙な空気が流れる。

いつからこんな風になってしまったんだろう。

性格が真反対と言いながらも、うまくここまでやって来れたと思っていたのに。
それは自分の思い上がりだったのか。

「ヒョン、どうぞ。」
「ありがとう。」

ユノヒョンの前に甘くしたカフェオレを置いた。

「チャンミナに淹れて貰うのもこれで最後だな。」

それは、今のこの状況さえもヒョンにとっては″大したことない″と軽く流されたみたいな気がする。
その軽さが今の自分にはやけに重く感じられた。

「また、いつでも淹れますよ。…ヒョンが必要な時は。」
「あー、うん。…そうだね。」

″いつでも″なんて日は来ない。
そんな風に期待を持たせるような事を口にしないで欲しい。

期待───

自分はヒョンに一体何を期待しているんだろう。

確実に過ぎてく時間。
今生の別れでもあるまいし、それなのにこの酷く焦る感情の意味が分からず持て余す。

「…あの、」
「うん?」
「いえ、やっぱりいいです…」
「何だよ。」

そう言いながら自分に向けられる笑顔に、またあの痛みが走る。

「っつ…」

咄嗟に胸元を握り締めたら、ヒョンの表情がにわかに険しくなった。

「どうした?」
「あっ、…いえ、何でもないです。」
「どこか痛いんじゃないの?」

───痛い

これは錯覚でも何でもない。

確かな感覚。

「いえ、大丈夫です…」
「本当か?無理するなよ。最近忙しかったから、無理させたかもな…」

なぜ、この人はこんな僕を見て表情を苦し気に歪ませて心配してくれるのに。

出て行くと言うんだろう。

僕を置いて。

なぜ、目を逸らすの────

「うちを散らかすヤツいなくなるから、チャンミンも嬉しいよな。」
「そう、ですかね…。」

ずっと一緒にいたのに、離れる時はこんなに呆気ない。

いつでも自分の中にある「過去」。
そこで付いた傷の痛みは癒えつつあるが、残った痕は消えやしない。

普通の朝だと思っていた。
彼らは、マグカップだけを残して消えた。

その時も確かに呆気なかった。
時間が、とか。
時代が、とか。
そんなものは全く意味がなく、繰り返されるものなのだと改めて思い知る。

そして、この時間終わりを告げる音が鳴る。

恐らくマネージャーからだろう。
スマホを耳に当てソファを立ち上がるユノ。
その背中を目で追いながら、喉元にせりあがってくる感覚と言いようのない焦燥感。

どうしようもない。

自分に止める事は出来ない。

「じゃあ、ヒョンが下に来たから…俺、行くな。」



そして、何もなかったように僕に背を向けて───












「っ、ヒョン!!!」












やっぱり、どうしても───











いつものように”どうして”と考える前に今回は身体が動いていた。

抱き着いた先のヒョンの身体が大袈裟なくらい揺れた。
その広い背中に自分の額を付けて、必死で歩みを進めようとするヒョンに縋る。

何故だか、今そうしないと酷く後悔しそうな気がした。


本当にこの人が行ってしまいそうで───


「あの!やっぱり嫌…です、ごめんなさい!」
「っちょ、おい。」
「すみません、えっと…夜、いなくてもいいから!本当は、居て欲しいけど…、あの。ヒョンの大事な人がもし来るって言うんだったら、僕は…ホテルに泊まってもいいし!でも、…朝は…今日みたいに朝は…、僕と一緒に居てくれませんか?」


おはようございます

と、ボサボサの頭で寝ぼけてるヒョンに挨拶をして。

おはよう、チャンミナ

でも、はっきりと返事が返って来る朝。


「……離して。」
「い、嫌です!離したら、本当に行っちゃうんでしょ?僕を置いて…やっぱり、ユノヒョンもっ…ちゃんと仕事も頑張るし、あの…っ、」
「違うって言ってんだろ!」
「っ。」

ヒョンにしては珍しく声が大きくなった。
厳しい事を今まででも散々言われて来たが、いつだってその話し方は紳士的で穏やかだったから。

それに抗える訳もなくもはや成す術もない。

自分と一緒にいる事がこの人にとって苦痛でしかないのだろうか。

そして、ここまで食い下がった自分にも問いたかった。

”グループのメンバーが一人暮らしをする”

ただそれだけの事にこんな風になってしまうのか───

「…すみませんでした。」

はっきりした答えも分からないでいて、取り乱す自分が恥ずかしかった。
こんな風だから、いつまでたっても「兄」と「弟」でしかいられないのだ。
幾ら、ヒョンの精神的に支えになりたいと思っていても。

「…大きな声出して、ごめん。」
「え。」

ヒョンが向きを変え、僕と向き合った。
その頬が少し細くなったような気がする。
そうさせてしまう原因の一つがこの自分だと思うと、どうしたらいいのか分からなくなる。
この人の好きなようにさせるのが、ストレスを減らすことに繋がるのだと分かっているはずなのに。

今回はどうしても───

何も言えない僕に、しょうがないなと言う風に少しだけ口元を上げ髪を優しく撫でられる。

僕を見つめるその目はとても優しい。
それなのに、酷く辛そうにも見えた。

「違うから。…お前を置いてったりしないよ、それは言っただろ何回も。」
「はい…。」
「別に住むところが別になったって、何かが変わる訳じゃない。」


じゃあ、何で出て行くの───


理由は、───ひとつ


「彼女の…、ために?」
「え…。」
「だってその理由で、…出て行きたい、んですよね…」
「あ?…あぁ、っと…うん。」
「っ、つ…。」
「チャンミナ?」

そう、表情を崩すヒョンにまたあの痛みが走る。

さっきよりもずっと痛い───

ユノヒョンはずっと僕のもののはずだった。
その背中を見れるのも、触れることが出来るのも、辛そうな顔も、情けない姿も。
全て自分しか見れないものだったと思っていた。
少なくとも二つに分かれてからのこの人の隣は自分だけのものだと。











僕は、知ってる。












この痛みの正体を───












「っ、ヒョン…」
「うん?」
「…やっぱり、嫌です。行かないでください。」
「チャンミナ?」
「ヒョンの隣には僕が居たい…」
「───え。」
「あっ、…自分でも、っちょっと混乱してて…上手く言えないんですけど。でも、今言えるのは…ヒョンに行って欲しくないって事です。」

そう、行って欲しくない。
誰のところにも。

「僕は、ヒョンに行かないでって言いたくなる理由…分かるような気もするし、でも…違うかも知れなくて。」
「………。」
「でも、多分合ってるんじゃないかって。ただ、少し…時間が欲しいって言うか。えっと、そう…だから。でも!やっぱり行って欲しくないから、マネヒョンに電話してください。…もし、出て行くにしても、もう少し時間が欲しい…僕に。」
「チャンミン。」
「ダメですか、…ヒョン?」

行かないで下さい。

僕の傍を離れて行かないで。
「そうじゃない」って言うなら僕が納得してから。











「お前、…ずるい。」











そう言ったヒョンの綺麗な指が僕の頬を抓った。











あなたが見せたこの日の顔を僕はずっと忘れない───





to next.




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